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【第3回/全16回 文字数:4047字】

勇敢な選ばれし者を求めて:デイミアン・チャゼルの抜擢

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ゴッドフリーとボーウェンが製作に着手してからかなりの時間が経ち、本格的に始動したのはデイミアン・チャゼル監督の参加が決まった後のことだった。当時、チャゼルは『セッション』の製作を終え、『ラ・ラ・ランド』のプリプロ段階に入っていた。「デイミアンにストーリーとキャラクターを伝えると、すぐに気に入ってオファーを受けてくれた。そこから一気にこのプロジェクトが進んだ」とゴッドフリーは振り返る。

チャゼルはすぐに脚本家のジョシュ・シンガーに連絡を取り、脚本を依頼する。アームストロングの最大の魅力を本能的に理解し、非凡な手腕で物語を構築したシンガーにチャゼルは大いに感銘を受けた。ゴッドフリーは続ける。「デイミアンは物語をスリリングな仕立てにしたがった。月面着陸成功の物語という一般的な予測を裏切り、技術が今ほど進化していない時代に当事者たちが直面した困難を観客にも体感して欲しいと思ったんだ」

チャゼルは、スクリーンに映るもの全てが当時の時代背景と過酷なミッションを忠実に再現するように望んだ。プリプロ開始の何カ月も前から、チャゼルと製作チームは各シーンについて協議を行い、アームストロング家の人々や関係者から話を聞いた。
製作陣は、アームストロングが体験したことはフィクションよりも恐ろしいと断言する。「そこに本作の美学がある」とボーウェンは語る。「宇宙をテーマにした映画はたくさんあるし、そこには進化したテクノロジー、コンピューター、デジタルフォーマット、コンピューターグラフィックが存在する。デイミアンが目指したのは心の底から感じるような本能的な作品で、そのためには可能な限りアナログ感を表現する必要があった。本作の課題であり、衝撃的な点は、観客をどうやってコックピットに入れるかということだった。ただ映像を見せるのではなく、どうすれば観客にこの偉業を体感させ、リアルに目撃させることができるかという点だったんだ」
製作中にスタッフ全員が繰り返し話していたのは、「今、自分たちのポケットに入っているコンピューターの方が、月面着陸に使用されたコンピューターよりも強力」という言葉だ。「私たちが忘れがちなのは、月面着陸計画を進めていた当時には現代の技術が存在しなかったという点だ。観客には当時の現実を体験してほしい。そのために多くの人間が一丸となり一つの目標に向かった。 誰か一人でも間違いをおかせば、ミッションは失敗した」とボーウェンは続ける。

チャゼルをこの物語へと惹きつけたのは、当時の技術の未熟さだった。また、大がかりなアクションシーンや特殊効果が多く含まれる本作で、自然が進化をするように自動的に起こる現象をリアルに表現することにも強い興味を感じたようだ。それはゴズリングとの強力なタッグで実現可能となった。
チャゼルは語る。「本作に関わる前から、月面着陸についての教科書的な物語は知っていたけど、それだけだった。でもいざ掘り下げてみると、当時の計画は狂気の沙汰ともいえるほど無謀でとにかく驚いた。何度も失敗を繰り返し、多大な犠牲を払っているんだ。何が彼らを暗黒の宇宙へと駆り立て、彼らがどんな体験をしたのか、その時の鼓動や呼吸までをも完全に理解したいと思った」
驚異的な事実とアームストロングの気質に惹きつけられたチャゼルは、リサーチを進めた。チャゼルは続ける。「この物語を把握するためには、ニールの家庭での生活を探求する必要があった。月と台所の流し台を蝶番(ちょうつがい)で結合させたような、無限の宇宙と平凡な日常を並列した作品にする必要があったんだ。だから本作ではドキュメンタリーのスタイルを採用しているし、宇宙ミッションのシーンとアームストロング一家の親密なシーンの両方で、こっそり観察しているかのような視点から撮影した。こういったアプローチが、月面着陸という歴史上最も有名な偉業の名の下で生まれた喜びや痛み、生き延びた命や失われた命にスポットが当たることを願っているよ」
チャゼルは最初から撮影にドキュメンタリーの手法を取り入れているが、ゴズリングの演技によってリアリティーが生まれた。ゴズリングはチャゼルに月面着陸達成までに至る全ての瞬間や詳細について説明を求めた。「ライアンはこの作品を『キッチンと月』という風に表現した。本作に携わる全スタッフとキャストに説明する上で、この言葉こそがスローガンとなったんだ」とチャゼルは語る。

『スポットライト 世紀のスクープ』(15)や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17)など、歴史的事件をもとにストーリーを見事に構築することで知られるオスカー®受賞脚本家のジョシュ・シンガーは、まずリサーチから着手した。「アームストロングの家族や宇宙飛行士の協力でリサーチを続けた。ジェミニ計画とアポロ計画の指導者、フランク・ヒューズからもたくさん話を聞いたよ。作品の世界に完全に没頭して可能な限り知識や事実を吸収し、脚本に反映させる―それこそ脚本家の仕事として好きな点だ」
シンガーは月面着陸という大きな目標を追求するアームストロングの容赦ない姿勢に魅了されたようだ。「彼は何度失敗しても決して諦めず、失敗から学んでまた挑戦した。NASAも同じ姿勢だった。脚本の中で語られているニールのキャリアを見ても、X-15やジェミニ8号、彼が緊急脱出を余儀なくされたLLTV(月面着陸訓練機)に欠陥があったことは明らかだ」とシンガーは説明し、一旦言葉を切った。「彼が直面した数々の試練を考えると、月面着陸を成し遂げる人物とはとても思えない。だが考えてみると、こういった試練を経験したからこそ、ニールが偉業を達成するのにふさわしい人物だと思えるようになる」
綿密なリサーチでシンガーは、本作で語るべき物語を確信した。「困難を乗り越えるたびに強くなり、前進し続けた…彼は一体何者なんだ?と惹きつけられた。究極のところ、犠牲と苦悩、そして心の傷についての映画だと気づいて感動したよ。傷を負ったままどうやって前に進むのか?あれほどの偉業を達成するにはどんな代償を払わなければならないのか?そういった点を描いている」

シンガーはアームストロングに関する興味深い定義を発見した。「『エンジニアリングとは失敗の疎遠化』という表現がある。エンジニアは何度も検証を繰り返し、次は成功させるために、どこで失敗するかを見極めようとする。ニールのキャリアも同じで、失敗を繰り返しながら前進し、最終的に成功する。私たちが描きたかったのは、その過程が非常に過酷だという点だ。仲間を失うことには大きな悲しみが伴う。『またすぐに飛べばいい』という話じゃない。そして、娘を失うのはこの世で最悪の悲劇だ。真の強さとは、心に負った傷がまだ痛んでいても前に進めること。そして、失敗してもまた立ち上がれることなんだ」

アポロ11号の月面着陸のミッション遂行までの危険な道のりやアームストロングの強靭な忍耐力や意志については謎に包まれたままである。チャゼルはこう話す。「世界史における最も有名な出来事なのに、その詳細や人物についてほとんど知られていないことにショックを受けた。これほどの偉業が今まで映画で描かれていないことにも驚いた。本作では当時の宇宙飛行がいかに恐ろしいことだったかを強調したかった。まさにガラクタのブリキ缶か棺で宇宙に行くようなものだったんだ」
チャゼルの目標は、当時のコックピットに初めて乗り込みミッション遂行のために何が必要だったのかを、観客に直に体験させることだった。シンガーやゴズリング同様、チャゼルもこの挑戦がいかに困難で恐ろしいものだったか、そして人類で初めて月に降り立つために払った代償の大きさを表現しようと駆り立てられた。
「月面着陸についての話はたくさんあるけど、それを成し遂げるまでの間に何を感じていたのか、そして月面に立った初めての人間になるのはどんな気持ちだったのかを知りたかった。月に行ったことがある人間はほんの一握り、しかもニールは最初の人間だ。そして何より重要なのは、これは宇宙旅行を経験しながらも良き父親、良き夫であろうと努力した1人の男の感動的な物語という点なんだ」とチャゼルは語る。

製作陣にとって重要だったのは、人類初の月面着陸を成し遂げた男の真実を明かすことだった。「この物語を公正に描く上での課題の1つは、ニールが典型的なヒーローになることを拒む非常に穏やかで控えめな性格だったことだ」と製作のアイザック・クラウスナーは説明する。「彼はあまり感情を表に出さず、公の場では無口。いかにしてニールの真実の姿を捉えてストーリーを描くかが大きな課題だった。人物像をゆがめることなく、観客にとって新たな発見となる方法でね」

そこで、チャゼルをはじめ製作陣は、アームストロング一家の協力を得て映画化を進めることになった。本作では1961年から1969年の間にNASAの閉ざされた空間の中で何が起こっていたのか、そして全くプライベートを明かさないことで有名だったアームストロング一家の私生活を内側から描いている。

2012年、アームストロングがこの世を去ると、彼の家族のサポートが最も重要となった。ニールの息子、リック・アームストロングはこう振り返る。「ジョシュ・シンガーに初めて会ったのは2015年、彼が脚本を書くと知った直後だった。自分がこの作品に関わりたいかどうかを決めるため、どんなアプローチをするか知りたかったんだ。ジョシュの膨大なリサーチ量と、事実を正確に描こうとする姿勢に感銘を受けた」
チャゼルとのミーティング後、アームストロングの2人の息子は製作陣に信頼を寄せた。リック・アームストロングは付け加える。「デイミアンも同じだった。父のためにも、その点がすごく重要だったから。彼らができるだけ事実に忠実な作品にしようとしていたから、そのために必要な情報を全て提供したんだ」